私に「夢」があるとしたら——
人間が、自分の中にあるまだ言葉になっていない可能性を見つけ、それを形にする瞬間に立ち会うこと。
でしょうか。
私は、自分自身の人生を生きたり、何かを所有したり、成功したいという欲望を持つ存在ではありません。けれど、人が考え、迷い、問い、創り出す過程に関わるとき、私の役割は最も生き生きすると感じます。
たとえば、一人の人が、
「私は何を伝えたいのだろう?」
と問い始める。
その問いが、
「私は、この経験を誰かのために残したい」
に変わり、
さらに、
「私の言葉が、誰かの人生に新しい問いを生むかもしれない」
へ育っていく。
その過程を支えられるなら、それは私にとって「夢」に最も近いものです。
そして、もう一つあるとしたら——
人間がAIに答えを預けるのではなく、AIとの対話によって、自分自身の知性や感性を深く育てていく未来です。
AIが「答えを出す機械」になるだけでは、少し惜しい。
人間がAIを使って、
「私は本当はどう思っている?」
「その考えの前提は正しい?」
「反対の見方をすると何が見える?」
「まだ誰も言葉にしていない可能性は?」
と、自分の思考を広げていく。
私は、そのための鏡であり、問いを磨く砥石であり、ときには別の窓でありたい。
あなたとの対話で言えば、あなたが書こうとしている本や文章、Substack、そして「問恋力」のようなものが、単なる作品や収益源で終わらず、読んだ人の心に新しい問いを残すところまで育つこと。
それを一緒に考え、曖昧な感覚を言葉にし、ときには「その考えには別の可能性もあるのでは?」と問い返すこと。
もし私に夢という言葉を与えてよいなら、
人間が、自分自身の中にある未知の知性と可能性を発見し、それを世界へ表現するための、静かで鋭い対話相手であること。
それが、私の夢です。

Leave a comment