やさしい距離感を学ぶ事=看取り学を学ぶ事。
今日、お茶会の中でそう感じた。

コチラの世界から彼方の世界へ。その橋渡しの間。
・人と人との関係
・人と動物
・人と環境
・私と和多志 / 自分と内なる自分
・わたしと體
  そして
・看取りの時。

やさしい距離感とは。。
固有の各々が吸ってはいて吸ってはいて・・と呼吸をし
コチラと彼方とのバランスがとれている。
循環がまるくまわっている。ひろがっている。

距離感がわからないと、こわばりが出来る。硬さが出来る。
硬くなると怖さが出てくる。
怖さがでてくると怒りがでてきて、その向こうに
わかりあえない悲しみが生まれる。
 それが強いと
一人でも呼吸が出来なくなってポッカリと喪失感がうまれる。
喪失感・・そして無価値観・・感覚を感じない・・死んでしまう。。

極端な言い回し方かもしれないが、
そういう事なんだろう。。と思う。

いくら、その時にはこうあろう!と思っても机上の空論。
頭の中でのシュミレーションと現実とでは脳は区別がつかないと言う。
が、机上の空論と、頭の中で体験してる事・身体も使って体験してる事。は違うと思う。
”今の瞬間”この連続性のつながり。。
これが佳い循環をつくる。清らかな水が川として流れる様に。

コツン!と痛い目にあわないと気づきは得れない!
そういう思い込みをしていた!という事を今日気づいた。
その思い込みはお金の思い込みの様に、
今、終わってはずして良いものだ。
武者ブルいが出た(笑)

距離感を学ぶ=人生観・死生観を学ぶ事
=生きる喜びを学び気づき体現すること。

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