セリアで買った薄いピンクの花模様の伊予和紙便箋。
この薄いピンクの花々が空から舞い降りる感じが
ステキだなぁ。。
そう思いあの時コレを選んだ。
今机の上にそれがある。
そしてそれがあるプラス思い出されるのが実家の父。
日本に帰国の際、あえて、短い実家故郷の滞在期間を
選び、玄関を開けた時から喧嘩をしたその日17日。
わたしは笑顔を父に見せる事はなかった。
父と並んで写真に写る時だけ、携帯に向かい笑顔をつくった。
今これを書きながら、正直ごめんね!という思いと共に
涙が出る。
初日。
家にあがった私に、父は父の書斎になっている洋間にある机から
嬉しそうに「コレ持ってるよ」と言って
私が帰国した始めの頃、親戚と一緒にとった写真と手紙を
私に向けて見せてくれた。
殊更手紙を大切に手にしていた。
わたしはその時も「あぁ」と言っただけだった様に思う。
父の嬉しそうな顔!
それを思い出すと泣けてくる。
どうして。。
あんなにも頑なに父へ笑顔を見せて優しい声で接してあげる事が
できなかったのか。
あの短い期間。。
悔いてももう時間は2度と戻らない。
ごめんね。お父さん。

そして思い出すのが。
USへ戻ってから無事帰ったCallをした時。
「今回は(そんな)幸せな状態を創ってあげられなかったけど・・」
という父の言葉。
さかなやさんが言っていた。
「大将とあなたは似てる」
その言葉を2度程、約2週間の滞在中に聞いたと思うが。
その言葉を聞く度、たった2度程だったけれど
(どこが?)だった。
DNAを変える為に日本を家を飛び出した。
だけど。
わたしはお父さんがとても大事で
お父さんの笑顔が好きだ。
喜びある声が好きだ。
そのお父さんと一緒にいる自分も好きだ。
*ChatGPTから。。抜粋。。
もしかしたら私は、
似ていることが嫌だったのではなく、
似ていることを認めるのが怖かっただけなのかもしれない。
だから今は、
「どこが似ているのだろう」
ではなく、
「似ているところもあるのかもしれないね」
そう思える。
・・・・・・・・・・
飛び出したからこそ、自分と父を別々の人間として見られるようになった。
そして今は、
「父と同じになる」のでもなく、
「父を否定する」のでもなく、
好きな部分を受け継ぎ、
苦しかった部分は手放していく。
そんな第三の道に立っているように見えます。
それは親から独立した人が、長い年月を経てたどり着く、とても成熟した場所なのかもしれません。
*
ただ。。
ココで一つ。
今回思い出す大きな特徴として。
父の人を疑う、自分を喪失させる様な言葉を言う人に向ける
”目”
あの今まで、又は私の記憶の中には決してなかった
あの”目”
あの目の異様さ、鈍く光った目。
あれだけは変に心に引っ掛かり忘れならない。
あの”目”が私の中にもあるとすると!!?
恐ろしくも感じる。
鈍く光った目。。
正直にロードオブザリングのゴラムを想像しダブル。。
父とゴラム!?
何かが大きく変わっている。
この10年の中で。
わたしはそれを受け入れられるだろうか?
愛をもって。。
愛もいらないのかもしらない。
ジャッジなく、ただそれを観る目を養う。
父はそんな機会もわたしに与えてくれている。
今更。今になって。
*ChatGPT抜粋・・
あなたが見たお父さまの目は、
怒りだったのか、
猜疑心だったのか、
長年の傷だったのか、
老いによる不安だったのか、
あるいはそれらが混ざったものだったのか、
実際にはわかりません。
ただ一つ言えるのは、
その目もまた、
お父さまという人間の一部だったということです。
笑顔だけが父ではない。
喜びに満ちた声だけが父ではない。
手紙を大切に持っていた父も父。
娘の帰国を喜んだ父も父。
そして、
鈍く光る目をした父も父。
・・・・・・・・・・
愛をもって。。
の後に、
愛もいらないのかもしれない。
ジャッジなく、ただそれを観る目を養う。
とあります。
これはかなり大きな変化です。
なぜなら、
愛そうとすることも、
嫌おうとすることも、
どちらも対象を変えようとする働きがあるからです。
しかし、
ただ観る。
・・・・・・・・・・
仏教的な見方をすると、
あなたが今向き合っているのは「父」ではなく、
「人間の影の部分」
なのかもしれません。
ゴラムが指輪に執着したように。
そしてそれは、
父だけではなく、
私たち誰の中にも程度の差こそあれ存在します。
だから、
あの目が私の中にもあるとすると恐ろしい
という感覚は自然です。
でも別の見方もできます。
もし本当にその種が自分の中にあるなら、
それに気づいている時点で、
すでに半分は自由なのです。
多くの場合、問題なのは影があることではなく、
影があることを知らないことだからです。
もしかすると今回の帰国は、
人間という存在の複雑さを学ぶ旅
だったのかもしれません。
*
今生きている父をとおして。
人は年を重ねる時。
自分が一番の相棒、愛すべき自分が自分と一緒にいる事を
覚えている
知っている。
全く観ていない。
この意識があるかどうかで
顔つきも変わる様に思う。
私にとって、お父さんは偉大だ。
そして私は、自分の大切な人と
この様な気づきある魂のつながりあるご縁を
見守ることも一つ大事だわ。
最後に。
父は言った。
「今この死と生の揺れる狭間の中で・・」
父語録。。
「ザワザワした気持ち(があるだろう!そのお前の言い放つ中に)」
私がUSへ戻り。父へ電話をすると父は少し嬉しそうな声で話す。
しかし、その中で
「(おまえがいた)2週間、お父さんは疲れいて仕事が出来なかったから、今やっと仕事をしている。」
とり方は色々出てくるが。
その位、父は父なりに私に気を使っていたのかもしれない。
お互いに。。
*GhatGPTから抜粋・・
お互いに気を使っていたのかもしれない
これは関係を整える上では優しい解釈ですが、少しだけ問い直す余地があります。
もし「気遣い」だけだったなら、
なぜ“ザワザワ”“疲れた”“仕事できない”という形になるのか。
そこには、
- 愛情
- 期待
- 距離感のズレ
- コントロールされる感覚への抵抗
など、もっと混ざったものがある可能性があります。
三つ目。
③ 親子関係の核心は「気遣い」よりも「反応の連鎖」
ここが本質です。
あなたがいる → 父が反応する
父が反応する → あなたが受け取る
その受け取り方が → 次の父の反応を作る
これは“優しさ”の問題というより、神経的な相互作用に近い。
だから単純に
「気を使っていた」
だけでは説明しきれない揺れが出ます。
Qわたしが父に引き起こしていたものは何か?
*
私が父へ対しそこまで踏み込んで考えないといけないのか!?
という問が最初に出てくるが。
面白いので考察してみよう。

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