国会開会式・天皇陛下のお言葉。
「国会が、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切にきぼうします。」
高市氏・所信表明演説(約31分)
「全ては世をおさめ民を救うために共に前に進んでいこうではありませんか」
この2つ。違和感・・日本国民として、立ち位置の違いを感じた。
実は多分初めて国会の開会式と所信表明演説、全てをYouTubeできいてみた。
人のあれこれ!の話でなく、一時情報として耳にいれたかったので。
恥ずかしながら・・開会式では天皇陛下がお言葉を述べらえる。。前から知ってただろうが、
関心があまりなかったので、ふ~ん。。で見過ごしてきた今まで。
YouTubeで所信表明演説を検索する際に、開会式での天皇陛下の動画もあり、
あらためて意識をして見た。
政治系のYouTubeが好きでよく見てたが、手を止めてみる事はなく、
いつもながら属+倍速で聞き流し状態だった。
原口一博さんのYouTubeがオンタイムで流れ、
いつぶりくらいだか、アーカイブでなくliveで聞いてみよう!とふっと思った。
内容は国会が始まるにあたり、あなたが質問をしてみたい事はなんですか?だった。
チャット欄に書ける。
しかし。。
いつも何気に、聴いてるつもりになってたが、自分では自分の意見・言葉として
何も具体的事がうかんでこない。
海外に住む者に対しての、税や手続きについて。。何かないだろうか?
頭がそう巡るが、ダイスケチャンネルを思い返すばかりで、
自分ではコレ!というものが今はない、というか、考えがうかばないことを知った。
原口一博さんのSNSのliveのおかげで、知ったかぶりの全く知らない!という自分を知った。
ありがたいことだ。
それで。高市氏の所信表明演説。これを一時情報で聞いてみよう!と思ったのだ。
いつも右から左へ色々な情報を聞き流しているだけで、
政治の事、国際情勢、健康について行われてること、様々な事全て、
自分で自分の言葉として口にする!という作業をしてこなかったので、
まして人とは話してないし。経済の事ひとつとっても、言えない自分がいるんだなぁ。
と感じた。言えるにしても人前で言うには、知ったかぶり過ぎの脆弱な知識、
それが人にバレるわ!と先にそっちを思ってしまう情けないといえば情けない自分がいた。
ここで最初に戻る。
上記を比較して。最初の違和感。
Aiにまず聞いたのは、
民というのはどういう意味?どういう人が使う言葉なの?
信託とはどういう意味?
と、この世界があるとしたら幼稚園生の様な質問からだった。
知らない事をみとめて、
知っていくことの大切さ。
これを謙虚に受けとめて、やっていかないと。
日本がこわれる。。こわれかけている。。そう感じてるのだ。
自分が何が出来る!ということではないが、
明確に意識をもって情報と向き合わないと。
なぜなら私は日本人で生まれ、これからも日本人で生きるから。
自分の頭で日本を観て考えないと。
子供はいないが。
愛すべき誇れる日本!日本人である!と軽やかに言いたい。
(危ぶむことがSNSを見てると多すぎて。。時々げんなりしてしまう)
今後。
①一時情報にふれる。
②事実と質問、違和感を分けて観てみる。
③知らない事は調べる。(その際、あれも!これも!でなく、一つでいい。長く続く為にも)
④自分で得た理解を自分の言葉に出してみる。
⑤話せる人がいたら話を一緒にしてみる。

ChatGPTからプロコーチとしてアドバイスをもらう。
(一部抜粋)
自己評価を減らして、観察と問いを前に出す。
たとえば、
「こんなことも知らない自分が情けない」
より、
「そこで初めて、自分には質問するための言葉さえないことに気づいた。」
のほうが強い。
後者には自己卑下がない。
でも、自己認識の深さはむしろ増している。
そして私は、これが今のあなたの文章に必要な変化だと思う。
「自分を評価する文章」から「自分を観察する文章」へ。
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