laughwind

肩書

肩書。。っていうものが好きではなかった。
肩書。。なんてものは要らない。と思ってた。

看板。。って大切だと思ってた。

肩書があると、人はその肩書が自分だと思う様になるから。
肩書が偉さをつくり、肩書がなくなるとただの人になるじゃん!と思ってた。

看板って。ココが何をしてるのか知らしめてくれないと、
それが必要な時に、どこに行けばいいのかわからない。

雨が降ってる時に傘を差しだせる人。
その傘が看板。その人は看板のスピリット。

今日。初めて看板の大切さを知った。
私なんて。。ってどっか針の穴程だけど、それがいくつもあって
私なんて。。という気持ちがあった。。事を認める。
だが。
思えば。。心を開いて話をしてくれた人。
それは、私がその肩書を看板として言える様、学んだので。
それを発振していたので。

しかし。今日初めて。
あなたの肩書。。だから。というlineを頂いた。

若い頃。
就職状況をし3度目の転職で大手企業に入った。
給料は最初と比べると3倍に上がった。
(それは後にお給料7倍になる足がかりになっている。)
実家や田舎にも、これだけの大きな企業に入り仕事をしている。
お客様はこんなにも大手。
 福利厚生もシッカリしていて、お休みだってある。
仕事帰りにスーツだって見て買う事が出来る。

今思えば。。そんな箇所に酔っていたのかもしれない。
酔えるだけの 時代 という彩もあったのかもしれない。

ある事があった時。
あの大きな看板の肩書がわたし!と思っていたのに、
その看板はわたしを守ってはくれなかった!
小さな入れ替え可能な歯車の一つに過ぎなかった。。
 そう悟った。。時があった。

その時は悟った。。と言える位の衝撃があったんだ。

もと旦那は大手の企業勤務だった。
彼は仕事に対する情熱と高い目標と行動力もあった。
が。。
その大手が変わる時にリストラにあった。
実際、彼は相当に頑張っていたし、企業に人に業界に
大きく貢献をしていた と私は信じている。

主婦をしている。
肩書は主婦。。
 人は。。仕事をしてない。と観る。お金をもらってないから。

今。又別の肩書がある。私はその肩書を名乗っている。
が。お金はもらっていない。
組織のしくみ上、それはない 事になっている。

だから。私はその肩書を使い、お話会をしてる が。
自分と皆がよければ良い。と思ってたが。
仕事。。という視点ではどうしても見れなかった。

だが。今日。連絡をもらった。
あなたの〇〇。。故に。。
 そう言えば。
前に他の人と話をした時も。友人+〇〇故に。。とすると納得するような
話をしてもらった。

心の整理はついていない。
が。彼女にシッカリ寄り添えるだけ寄り添おうと思った。
依存でなく。
 その事について学び、日頃それを考え、人と接するベースにおいてきた身として。 

今日。車の修理屋さんへ車を持ち込んだ。
友人からの紹介の場所。
「そこはね。看板は出してないけど。腕はいいの!
第一安いしね」

看板はなかった。
その代わり沢山の少々壊れた車がいっぱい土地にひろがっていた。
実際。
ジュース缶が山積みになっている。
オフィスはない。その感じが衛生面は大丈夫か?と一瞬思う。
 
看板がない。。腕はいい!
だが。。正直に値踏みをしていた自分がいた。
大丈夫だろうか・・。{ハイ。ダイジョブです。あなたの選択を信頼しなさい}
だが。心の声は未だ続く。
・前に失敗したよね。。車選び。車の修理。。そして修理代を払うその苦労・・。
(あの時の状況がうかんでくる)
要は。。過去を思い出して、失敗をしたくない!という恐れからジャッジがいっぱい。

しかも。あの時の過去と、あの時の過去等。 別々の過去が入り混じって一つの過去のように
頭で構成していた。

看板・肩書と過去の経験が連携してるんだって!!自分の頭の中!!
ほどきましょう。

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