laughwind

カレンダーの数字を食卓から見る。

お昼前。。
家の中を見渡す。。何故??
片付けても片付けてもスペースが増えていない。
空間が増えていない。

歩いても歩いても、いつも片付けをしている。
小さな家の中。
だから断捨離を!物を捨てろ!というのだろう。

今日は日本で言うお盆最終日。
父・母を感じる夢を見たり。
何故か涙が出てきたり。

天気はよくハンモックで空を見ながら軽く寝ていた。
さとうのご飯だけど、ご飯を食べる。
彼はお芋を料理していたけれど、やはりご飯が落ち着く。

親戚に電話をしたいけれど。
今はもう。。連絡先がわからない。。あの実家の事件以来。。

携帯の中の写真を見る。
実家の写真の中は。所狭しと物がある。
幸いにも廊下は通れる様になっている。
が。その一つ一つ、一部屋一部屋をみると
・人は何故生きているのだろうか?
・人は過去を感じる為に生きてるのだろうか?
そんな言葉が頭をよぎる。

そして自分の家も見渡す。。

過去と共に今を生きる父。

物には記憶も付随するように、
父の記憶は過去の物が沢山ある分、
私以上に覚えているものが多く感じる。

1週間後が母の命日だから。。
そんな観方がクローズアップされるのだろうか・・
とカレンダーの数字を食卓から見る。

そういえば。。
カレンダーで数字を確認する前。。
お昼寝と称しベッドで
慈しみの瞑想 をかけながら横になってた。
彼の事から父への事にマインドがうつり。。
そのまま父を想い描きながら慈しみの瞑想を続ける。
わたしが知らなかった、知らない、何を観ながら人生を送っていたのだろう?そんな父に成ることはできない、父風目線を追いながら。。
出てくるのは涙ばかり。
 そして。。
今の父は何を観てるのだろう。。。。。
今私は何を父にしてあげたいのだろう?
 直ぐにでも帰って父を抱きしめたい。生きてる父を。
きっと拒絶されるだろう。。

が。今スグにでも帰って「ただいま」と言い
「お帰り」と言ってもらいたい。お父さんへ。

この時は亡くなっている母の事は思い出さなかった。

そうは言っても。。電話をするにも何故か敷居が高く
いつもアレコレと電話を掛けない理由が先に出てくる。

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