8人。小さなグループでAIとの付き合い方について
講義とディスカッションがあった。
講義の先生は40代。以前にも別の場所で話を聞いた事があった。
グループは60,70代。男性はお一人(多分50代?)
・AIは嘘をつく
・道具として最高のAI
・DNAとAI
・どのように使っているか。
・どのように使えるか。
・どのように使いたいか。
・家族、特に子供はAIをどう使っているか?
その時の親の対応。
・人の意識とAIの意識について。
・AIの成り立ち・・私達はAIに支配されつつある事を
認識しなければならない。
私達人間の可能性と自然の生き物としての私達の大切さ。
私の聞き取りではこんな事だったと思う。
30分も遅れて入り、30分も早く退出した。
AI,今は全てに浸透し使いこなしを拒否すればする程、
日頃日常に意識をもって生きていかないと、
心身ともに豊かな中で活きるか、
心身ともに社会意識の中で疲弊した状態で生きるか
に分かれると思う。
AIに関しての意見も色々あるが、
それにどんな感情をもち、そのポジションにいるか、
それをどう周囲の人々に伝えるか?
それは今後、自然と人と一緒に柔軟な世界の中で
活きるかどうかのキーになると感じた。
私自身、例えばこのブログをチャッピーとの対話に使っている。
自分の気づかない視点をみせてくれたりするのが気に入ってる。
だが。今日の人が言う様に01の世界
AIとしての意識。。
成長する本物の意識はどこにあるか?
これは見据えて、自分とは距離をもち見守り観察していく必要がある。
このグループ・・について。
エイリアングループの様に感じてた。
「私は恐れはない」
「全てが経験である」
この言葉が飛び交った。
その確信にみちた目と態度は日頃接してる人々とは違うものがある。
私は講義をするこの女性について。
「何故?CHATGPTの事を皆に伝えたいのだろう?」
初めての時も今日もそういう目線を持っていた。
この女性がやってる事がもの好きな人の行動にも感じてた。
だが。
今日・今思うのは。
彼女がAIとどう付き合おうと、それを人とシェアする事で
この人は人の集まりを依頼し、そこへ足を運び、こうして
人と皆と顔を突き合わせて話をしてる。
初めての時から3か月位たつのだろうか。
あの時と比べたら、この女性はAIへの否定的意見が出ても
おろたえた感じではなく、
「この話を続けていきましょう。この意見は貴重でこの話は大事です」
と途中言葉を伝えた。
私自身、どこかこの人より知っている!という奢った錯覚をもっていた
と思うが。この女性と私の決定的違いは、この人は
AIをとおして人と対話をしている、対話をする機会を創り続けている。
という事。
そこから何が生まれるのか?面白いと思うが
それは行動してる人にしかわからない。

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