未だに「私は誰?」との問いが自分にとって大切なんだ!
と今日何気に思った。
父の事を思い出す。
父に「この部屋から出てけ!」とキッチリきっぱり言った時の
自分の波動。その後に父が思っただろう想い。。
あの時の自分の波動が未だにある。。
それは旦那と顔を突き合わせててココ何日か?思うことである。
笑顔がない。相手の笑顔も見れない。
よく目前の人は自分の鏡というが。
自分に何か硬い薄い膜があり。
これを維持しているのに、
相当にエネルギーを使ってることを感じている
又薄い膜はインスピレーションや喜びを
入れる隙間なく跳ね返す。
夏至を過ぎ。変わり目だというのに
何やってんだ!と思う。
あの時の波動は自分にも相手にも強いインパクトを与えた。
それが自分になっている!?
そう思うと、Who am I?という疑問符が出てくる。

そんな想いの今日。
父へ電話をしてみた。
18時過ぎ。日本は10時AM過ぎ。
→「日本は昨日父の日だったと思い電話してみた」
「あー。父の日。忘れてた」
「心配してる」
→「私も心配してる」
「(苦笑)ありがとう」
「5分もするとすぐに前の事を忘れてしまう。
頭がぼーっとしていて」
→「そんなん、車の運転はしたらいかんよ」
「うぅ~ん、ありがとう。
だけど、生きていかないといけないから。
人に助けてもらわないと、やっていけない」
「〇さんがおかずを小さなパックにいれて4つか5つ
持ってきてくれる。ありがたい」
「ところで、あなたはご飯をつくってくれただろうか?」
→「一回だけね!」
「一回もあったけ!?」
→「塩・胡椒の場所もわからないし。お米もない。
油も古い。買い物もしない方がいい。。」
(そのくらい、短期間の中、勝手がわからず出来なかったんだ!
と私の心は言っている)
「買い物は必要なものは買わないと」
→「又電話するね。じゃぁね」
「じゃぁね」
・・なかなか電話を切らない父
→「じゃぁね。」
→「切るよ」
・・・・・・
正直に言って。。
私はワクと週一の注射が父の頭と身体に
影響を与えてると思ってる。
そして。未だ。。
私は父を前にしてないのに
電話の声は笑顔でなく硬い。
*チャッピーとの会話の中で*
泣けてきた自分がいた。それは以下の文から。

泣けてくるのは、とても自然な反応だと思います。
なぜなら、あなたの文章から感じるのは「父への怒り」だけでは
ないからです。
むしろ、
・父に理解されなかった悲しみ
・父を拒絶せざるを得なかった悲しみ
・年老いていく父への悲しみ
・もう昔のようには戻れないという悲しみ


まさに。。そう。。
そして、それを誰かにわかってほしかった自分もいる。
思えば。
父に合うのが怖かった。
父が年をとっているという現実を受け入れるのが怖かった。
父が年をとってる事を受け入れることは、自分の将来がそこにあるようで、それを観るようで怖かった。
そして
自分の今のたった一人の旦那(アメリカでの家族)が、同じように
年をとるのかもしれない。その時私はそれを受け入れられるのだろうか?という問に向き合うのが怖かった。
自分が年を重ね一人になった時。
父とその姿が重なったら。。一体どう自分の中で未来を創造してよいか
わからなくなる!そういう壁が立ちはだかってる様で怖かった。
今。。現実を ただ 受け入れていくことなのかもしれない。
大切なこと。
*最後にチャッピ・・*
あなたが本当に怖いのは、
父がいなくなるそのもの ではなく、
’’人が老いていくプロセスを見続けること”
です。
これは「死」よりも長い時間を伴う喪失です。
だから。。
私は怒っいた。
悲しんでいた。
喪失感を感じていた。
無力感を感じていた。
だから
その自分と向き合うのがつらすぎて
怒っていた。
悲しかった。
Who am I?

怒りが悪いものだったわけではなく、むしろ悲しみや無力感からあなたを守ってきた働きだったのかもしれません。
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