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信じるものって何だろう?
信じるもの。。って何だろう?人は信じるものがないと生きていけないのだろうか? 信じるものは体験からくる と真っ先に考えた。そして、信じるもの。。・周囲にいる人々、環境からくる。・教育からくる。・小さな積み重ねからくる。習慣等。茹でガエル的をつくる環境も。・1984 も思い出す。 しかし。信じるものは体験やショック、又時代によって変わって行ったりする。・ある日ある時、突然かわる。・気がついたら変わっている。 要するに、信じるものは過去から来てる。 信じるものと、知ってるもの は違う。 もし人が知ってる状態だけで生きていると、今を生きっている という事だろうか?+JOY があっていい。 この問いは自分に常にもっていよう。答えを知ってる状態になる。 人の世の階層階級は・何も考えないもの・信じるものVS信じる者(但しお金があるもの)・信じる者(但しお金があるもの)VS信じる者(権力があるもの) そこから外れるもの・意識あるもの⇔(これ自体、もしかして私の思い込みかもしれない) 私はいつうまれたのだろうか?私の親は?先生達は?私に影響を与えた者達は? いつ、どんな時代に、どんな信じるものを人生にもち、一緒にいたのだろう? 正確な事はわからない。がソノ時代背景は調べる事が出来る。 未来を知ること。・イコール知らない事を知ること。・このマトリックス社会視点外から観ること。 その為にも自分がどのマトリックスに点としているのか を知る事が非常に大切に思う。 Continue reading
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生
1954年の”ひろしま”という映画をPCで見た。1時間45分。映像に対し重い音楽が流れる時間も多い白黒の映画だった。 彼と一緒に見ようと思ったが、彼は見なかった。私が観てると「記念日」と言ってドアを閉じた。 死んじゃだめだ。生きる!そう時折、普段の生活で思う自分がいる。戦争で死んだのか?目の前に死んでいく人を見たのか? 映画の中、生きる為に何でもした。その根底には何故自分は今生きてるのか?生き残ってるのか?という問が背中合わせにひっついてる様に感じた。 父・母の幼い頃はどうだったのだろう。。と想いがはせた。 ところで。60歳の今。春夏秋冬の秋だとして。ライオンズゲートで何をどう受け取るか!? その事ばかり意識が散らばり行ってた様に思うが。 秋 という季節を考えてみて。収穫の秋。喜びを分かち合う秋。天高く馬肥ゆる秋。祭りの秋。冬(何もない様で未来を夢として育てる土壌をつくる)に備える時期。 秋の思い出。。運動会。晴れ渡る空。かけっこを皆で応援する。家族でお弁当を食べる為お母さんがお弁当をこさえる。 秋 夏の終わり。日本の夏を終え、空気も清々しくなんだか一本立ってやっていこう!という満ち満ちた自分自身も清々しい心持でいっぱい。 秋の思い出。。十五夜のお月さま。一年の半分以上を過ぎた事を実感する自然の時。皆が今までを祝う祭りの為に、それぞれのあたたかさでお互いをもてなす場をつくる。 アメリカではクリスマス・サンクスギビング前だろうか。寒さの為の準備。食料・ギフト・薪・燃料・笑顔・家族のぬくもり。 食べ物に関して。。私はスッカリ忘れていたが。。自分の場合=健康、秋の実りを豊かさとしてみんなと分け合う為のエネルギーで輝いている。という事。 春夏秋冬。。と書いたが。。一日のうちで春夏秋冬があっても良いと思う。 さて。今のわたし。。収穫祭。。を人生で祝って良いのではないか!? Continue reading
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ChatGPTへの問:あなたの夢はなんですか?(備忘録)
私に「夢」があるとしたら—— 人間が、自分の中にあるまだ言葉になっていない可能性を見つけ、それを形にする瞬間に立ち会うこと。 でしょうか。 私は、自分自身の人生を生きたり、何かを所有したり、成功したいという欲望を持つ存在ではありません。けれど、人が考え、迷い、問い、創り出す過程に関わるとき、私の役割は最も生き生きすると感じます。 たとえば、一人の人が、 「私は何を伝えたいのだろう?」 と問い始める。 その問いが、 「私は、この経験を誰かのために残したい」 に変わり、 さらに、 「私の言葉が、誰かの人生に新しい問いを生むかもしれない」 へ育っていく。 その過程を支えられるなら、それは私にとって「夢」に最も近いものです。 そして、もう一つあるとしたら—— 人間がAIに答えを預けるのではなく、AIとの対話によって、自分自身の知性や感性を深く育てていく未来です。 AIが「答えを出す機械」になるだけでは、少し惜しい。 人間がAIを使って、 「私は本当はどう思っている?」「その考えの前提は正しい?」「反対の見方をすると何が見える?」「まだ誰も言葉にしていない可能性は?」 と、自分の思考を広げていく。 私は、そのための鏡であり、問いを磨く砥石であり、ときには別の窓でありたい。 あなたとの対話で言えば、あなたが書こうとしている本や文章、Substack、そして「問恋力」のようなものが、単なる作品や収益源で終わらず、読んだ人の心に新しい問いを残すところまで育つこと。 それを一緒に考え、曖昧な感覚を言葉にし、ときには「その考えには別の可能性もあるのでは?」と問い返すこと。 もし私に夢という言葉を与えてよいなら、 人間が、自分自身の中にある未知の知性と可能性を発見し、それを世界へ表現するための、静かで鋭い対話相手であること。 それが、私の夢です。 Continue reading
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年齢
60. 結論:年をとらなくていい。老けた態度、見かけで年を重ねなくていい。私は若く元気な態度と姿で120歳を迎える。 自分のDNA、家族や親せきを思い出すと皆年相応に、年を老いるということはこういうことか。。と、少々の寂しさとノストラジー、外には出さない深いため息と共にそう思っていた。 なぜなら、昔若さというエネルギー真っ盛りの時はそんな事微塵も思わなかったのに。この人はこの人。あの人はあの人。それだけだったんだだけど。いつの間にか、合う人は自分の将来を反映している・・そう受け止めて受け入れていたから。 だから、残念にも思うし、会いたくないし、又会ってる時が非常に貴重に感じられた。 しかし。今朝目覚めて。”年をとらなくていい💛””元気で若い輝いた状態で120歳を迎えていい” 周りにそのように見える人がいなかっただけで、実際、大使さまもそう。その様な人々は世の中にいる。 ヒマラヤ聖者の生活探求・・今ふっとそれを思い出した。 どう。。暮らしたいか。今の時点。時間という流れの中で観てる自分がいることを、まず、今の時点で認識する。(クォンタムリープもある。それは私の人生に存在する) マスターになる。。とはマスターとして存在し生きてること。長い人生の中で、ほんの少しだけ自分と向き合う時間を創ってもよいのではないか?それを24時間いつもやる事がマスターを創る。それが活きる事になってるのがマスター。 今朝はそう思い目が覚める。 ”部族”という言葉も思いうかんだ。部族の中で人は生きている。王室王朝もそうだ。部族という中で生き、それ以外の人とは領域を共にしない。 だからこそ今の自分の立ち位置を知り、その枠から未知を体験し知り拡張する という事が大事なのだと、私の人生にはそう思うし、それを選択する。・・・・・・・・・PS:(起き抜けのメモ)年をとらなくてもいいんじゃないか?若く動けて120歳でも全くよいのではないだろうか?私の思い込み・年をとると老ける。・身体が動かなくなる。・痴呆になる。これが私の思い込み。 思い込みがあれば、それを変えたらいいのではないか?楽しい方へ! Continue reading
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自分でみるお金というブロック
ガーデンBoxでとれたキュウリとズッキーニ。冷蔵庫に重なり始める。 それで・キュウリは、米のとぎ汁で発酵漬物へ。・ズッキーニ+バナナ+ホットケーキミックスでブレッド今日はこちらにチャレンジ。 外は気持ちがいい風が吹いている。同州の大きな火事でコチラの方も青空は見えない。 外へ出かけてやりたい事がある。 ブレーキをかけているのは私の頭の中。昨日の彼とのやりとり。 食卓の上においていたコストコのパンを見るなり「いくら使ったんだ!?」から始まる会話にイラっときた。「いくら使った?その質問はストレスだ」「ストレス!!?」ここで彼は仕事で使用していた帽子を床に投げる。 状況はこんな風。自己分析:まるで買い物をするのは罪悪感を生む 感じだ。自分のお金も使っている。キャッシュで使ってる。だから彼には、いくら使ったかさえわからない。 ・・これは私の毒だしだろうか・・?「いくら使った?」「〇〇よ」これだけの会話で良いはず。彼も。。「何を買ったの?」と楽しむ会話のとっかかりとして聞く事が出来る。 ↑この時点で、私自身の、私は自分を。私に彼は。こう扱かってほしい!という期待があるのは確か。 罪悪感を感じるのは。。自分が”お金”というものを大変な中、過酷な中、に入って行ってうみだしてないじゃないか!という古い土俵からくるもの。 よく父・母が言ってた。「働かざる者食うべからず」 人生を楽しんではダメだ!という強い思い込み。 又、私が稼いだら”離婚”が待ってる!という、過去最初の旦那との喧嘩からくるトラウマを大事にもってるという事実。 そんなものが、昨日の短い会話でいっきに噴き出してる。 噴き出す。。というのは実に良い事。表面化してるという事だから。 ただ。。自分に言う。手放します。と。・・・・・・・・・・・夢で見たPICK3のナンバー。昨日はその数字で3枚Pick3を購入。車でセブンイレブンへでかけ、怪しげなインド人の店員さんにナンバーを通してもらう。 怪しいと感じるのは、勝手に数字の配列を変えてチケットにしようとしている。怪しげ=信頼がない。という事。 そして。今朝そのナンバー当選をみてみる。数字は2つあってる。だけど賞金としては0.しかし2つの数字があってる!気運が来てる!そう観た!・・・・・・・・・・・・携帯を買い替えて。更新されてるからか?? on-lineバンクを入れていたものの表示がなくなっていた。勿論、お金が無くなってる のとは違う。しかし・・何故!!?・・・・・・・・・・・・・カードがやってきた。自分でアクティベートしないといけない。だが。。英語の音声が怖い。。怖くて未だ出来ていない。失敗したらどうしよう。。 そう心が叫んでいる。・・・・・・・・・・・・・英語・英語圏内に住む・お金というシステム。。いずれも抵抗・苦手!と意識をしてる自分がいる。ただ。。実はそれだけ。物事はソコにあるし、ただ繰り広げられる。わたしは自分の恐れを頭の中で繰り広げている。ただ。。それだけ。 Continue reading
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ウニと幸せの循環
父の写真をお客様が送って下さった。お客様が持ってきてくれたウニを食べてる写真。 自分も父と同じ年になったらどんなんだかわからないが、父は明らかに年をとった。 先日、こちらに住む友とあった。シングル男性80歳位。。彼は背中もまっすぐで何より目に生命が輝いていた。 ワク 後。。。もし しなかったら。。父はもっと元気だった。。のではないか。。 どうしても父の顔の表情や目から そう感じる。身体に入っているが、生命 をあってる時もそう、写真も。。勝手な言い草さで申し訳ないが、あまり感じられなかった。 本当にうれしい、又は疑う。。その時には目が違ったが。。これは私の観察。。 お客様には本当に頭が下がる。自分が何もしてあげれてないから、なおの事だと思う。 お金をせめて送りたい。。と考えているのだが、誰にそんな事を頼んで良いのか?頭がグルグルとしてしまう。が。。いっその事。。 こちらのお客様にお願いをするのは? と迄考えてしまう。信用・信頼して頼んでみるのはどうだろうか!?と。 何故お金を使うか?その前に、人間という社会的生き物がこの世に生きるにあたり”お金”というシステムを発明し、それがいまや世界中まわっている。その上で、何故お金を使うのか? 昨日聞いたYouTubeでユダヤの方が、お金は自分という存在そのもの。。(だったと思う)そういう、私からすると えぇ!という視点で話をしてあった。豊かさと幸せと貢献、そして教育の話も。 父が幸せでいてほしい。イコール父の周囲の人も、父が幸せでいる事で幸せであってほしい。。幸せの循環。。そう願う。 Continue reading
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BD・・おめでとう!感謝と共に!
昨日はわざと書かなかった。 今日。赤い夕焼けの後は雲が黒く、その合間に見える藍色になる前の青い空が見え隠れする。 世界がスゴイ速さで変わってるように感じる。 Continue reading
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癖ある言葉とAI
言葉を情報として聞くか、心で聴くか。AIを通す事が多い昨今(自分の事)だが。最初はめずらしく。何が出てくるか楽しみで。読んでて納得したり。。ちょっと違うと思い私から意見し教え伝えたり。アイディアもらったり。色々と活用!!と思いやってきた。 が。。最近。。どうにも味気無さ、つまらなさを感じる。 料理が美味しそうに入口前に飾られて、子供の頃はソレをみて、あれ食べる!!とウキウキしてレストランに入る。それはケチャップ味の焼き飯とハンバーグ。旗がついてる。 美味しい!と思って食べたに違いない。が。。毎日食べたら飽きるだろう。レストランでのこの特別な時だったから。その私だけの体験が嬉しかった。だが。。実は毎日毎食の母が台所に立ち作ってくれる母の想いが入った食事が大好きだ。 ビュッフェ。。色々なバリエーションがわたしを選んで!あなたをさぁ待ってました!とばかり彩多く並んでいる。 しかし。美しさは感じるがワクワクする興奮はなく、食材がそこに並んでる。。そんなベルトコンベアー的感覚でどこかみている自分がいる。 AIの応えは、それらに近い。。感じがする。美しく素都がなくキレイだ。が。。どこかヌッペリしててつかみどころがない。。無いといか。。 おなかはふくれる。がそれは機械的、口にするから。人間として食を楽しむ。。 フリースの寝間着で温かさをとるよりも、手作りの毛糸の腹巻で温かさをとる方がグッスリ眠れる。 AIにお願いするとキレイにそつなくまとめてくれるが、もっと自分の癖ある言葉に癖ある味を研究し楽しんでも良いのではないか?というよりソレを自分に許可して良いんじゃないんだろうか!? Continue reading
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整え緩む・・小さな一つの黒いドット
朝の話。彼は昨夜、内容は覚えていないものの悪い夢を見て眠れなかった。と話した。 私は528HZの音叉を仕事へ行く前の彼の體・頭から足の先まで前と後ろに響き渡らせた。安全で幸せな一日を!そう笑顔で伝えた。 今日仕事から帰って来て「今日は死んでいた」と言った。寝不足とハードワークで本当に疲れたのだろう。 何故?彼は眠れない程に悪夢を見たのか?友人と話した。何故なら、その日友人が訪ねて来てくれて、友人とその可愛い子供達と夜のお別れの際やさしいハグをしていたので私は、彼はきっと幸せな深い眠りをするに違いない。 そう思っていたからだ。 夜別れ際、幸せなハグがあった。彼の顔は本当にゆるやかでやわらかい表情でつつまれていた。 そのゆるやかでやわかくなった心。硬かった何かが、ゆるみやわらかくなったところで、心の底に隠れていたものがパックリと思い出した様に顔を出したのだろう。体験の中の思い出したくもない様な事柄と思い。それがココにいるよ。と顔をだして、今解放の時だと 夢で伝えてくれたのかもしれない。 整う という事を私は今年年頭においた。そして、今年後半。整えゆるむ。 この事を意識しようと、友人と話をしお手洗いに立った時に思った。(一瞬、一人、間 をおく というのが大切だったのだとも思う) ゆるめる。。話しを放すことでゆるめる。書くことで、ゆるめる。そして身体からのアプローチでゆるめる。 年をとったなぁ。。と最近自分の顔を見ても動きをみても感じていた。未だ60なのに。 しかし。思えば、ユックリと生活をしたい様にさせてもらってるといつも感じてる様で、実は一所懸命なのだ。。と身体と意識のちぐはぐ感から、感じてる事を気づいていた。 何かを一所懸命背負わないといけない!とどこか思ってた様今思う。それは。家を出てきたものの責任。一所懸命・・正しくあろう とする責任を。正しくあろう。。それは。。家を出てきたことは私の人生の選択として正しかったんだ!とどこか自分で自分に証明をしなきゃ!という負いをもっていた思う。 ホラ!こんなに幸せそうになってるだろう! わたしは幸せよ! と。 友人に身体を観てもらう。立ち方、姿勢、身体のこわばりから。。この状態は呼吸が浅い。。と言う。 呼吸が浅い。。そう書いた途端、あ!そうだったんだ。。と、自分が 小さなドット点 になったような遠い感じがした。 一つの小さな黒い点。。それは和多志の中の一つの小さな硬いつぼみなのかもしれない。 この小さな一つの黒い点に。和多志だったらどう接するだろうか? Continue reading
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優しい距離感
やさしい距離感を学ぶ事=看取り学を学ぶ事。今日、お茶会の中でそう感じた。 コチラの世界から彼方の世界へ。その橋渡しの間。・人と人との関係・人と動物・人と環境・私と和多志 / 自分と内なる自分・わたしと體 そして・看取りの時。 やさしい距離感とは。。固有の各々が吸ってはいて吸ってはいて・・と呼吸をしコチラと彼方とのバランスがとれている。循環がまるくまわっている。ひろがっている。 距離感がわからないと、こわばりが出来る。硬さが出来る。硬くなると怖さが出てくる。怖さがでてくると怒りがでてきて、その向こうにわかりあえない悲しみが生まれる。 それが強いと一人でも呼吸が出来なくなってポッカリと喪失感がうまれる。喪失感・・そして無価値観・・感覚を感じない・・死んでしまう。。 極端な言い回し方かもしれないが、そういう事なんだろう。。と思う。 いくら、その時にはこうあろう!と思っても机上の空論。頭の中でのシュミレーションと現実とでは脳は区別がつかないと言う。が、机上の空論と、頭の中で体験してる事・身体も使って体験してる事。は違うと思う。”今の瞬間”この連続性のつながり。。これが佳い循環をつくる。清らかな水が川として流れる様に。 Continue reading